『桜の木の下には、死体が埋まってるんだって』
ある春の日の夜。とある廃校の敷地内、桜の木が並んでいる校舎裏に一人の少女が訪れていた。
少女の名前は白坂小梅。手が完全に隠れる長袖のパーカーにスカート姿で、長物の入った布の袋を背負っている。
小梅は夜中に一人でお花見をしに来た、というわけではない。
そもそもここは昼だろうとお花見スポットになる場所ではないのだ。
学校が運営していた頃はわからないが、廃校となった今では地元の人すら寄り付かないほどに人気がなく、廃校の雰囲気も存在もあってここは薄気味悪い場所として噂されている。
小梅はある噂を聞いたのだ。
『あの廃校の裏にある桜の木の下には、女の子の死体が埋まっている』
『学校が潰れる少し前、生徒の一人である女の子が亡くなった』
『しかし学校の運営が終了する直前でそのような話題が生まれることを嫌がった者がいた』
『女の子の死体は密かに桜の木の下に埋められ、今もそのまま』
真下で告白すれば願いが叶うというのと同じくらい桜の木にとってメジャーなおとぎ話。
特別珍しくもなく、普通の人はいちいち相手にしない。
だからこの噂に惹かれてやってきた小梅はきっと普通ではないのだろう。
「わかってるけど……ね……」
自嘲気味に笑いながら、小梅は背中に背負っていた長い袋を地面に下ろす。
するすると袋から取り出したのは一本のスコップ。
これこそが白坂小梅が噂を聞いてこの廃校にまで来た理由に他ならない。
小梅の目的は、噂の少女の死体を掘り出すことであった。
しかしここは普段から人が通ることはなく、今は深夜と言っていい時間。
小梅は人目をはばかることなくスコップを取り出し、これから死体探しをする自分を奮い立たせる。
が、さて実行に移ろうというところで、あたりの桜を見渡してため息をついた。
桜並木ほどではないが、生えている桜の数は1本や2本というわけでもない。
10を超える桜の木が、学校がその役目を終えたことを知らないかのように、校舎裏に規則正しく並んでいる。
全部の木の根本を掘り起こしていては、朝になってしまうことは明白だ。
それは困る、と小梅がどうにか狙いの桜を判別できないかと考えていたら。
「ボクの死体は一番カワイイ桜の木の下に埋まっていますよ。ボクはカワイイですから」
背後からカワイイ声が聞こえてきた。
人は来ないとたかをくくっていた小梅が、驚いて振り向いた先。
学校の制服に身を包んだ一人の少女が立っていた。
「初めまして。ボクの名前は輿水幸子。死後も人々に噂される、世界一カワイイ美少女です」
少女、輿水幸子は可愛く笑ってそう言った。
「やれやれ、まさか他の土地にまで噂が広がってるなんて。ボクの可愛さは留まることを知りませんね」
「ああ、もはやこれは罪深いほどの可愛さと言ってもいいでしょう。もっとも、死体を供養もされず埋められるほどの罪かどうかは考えものですが」
「フフーン。土の下に埋めたところで未来永劫全国津々浦々までボクの可愛さが広まってしまったことを思うと、無意味な行為だったと言わざるをえませんがね」
喋るのが遅い自分では口を挟むこともできない。
そしてなにより、恐ろしいほどに「幸子が自分の可愛さに自信がある」ことしかわからない。
代わりに幸子が「自分の可愛さを語ること」がとても好きなことは嫌というほど伝わってくる。
小梅としては、人が楽しげに話しているのを聞いているのは苦ではないので構わないがけれど、とはいえずっと聞いているわけにもいかなかった。
「さ、幸子ちゃんは……幽霊、なの……?」
先ほど幸子は「ボクの死体」と言っていた。その後も、自分が噂の埋められた少女であると示すようなことを言っていた。
幸子の言葉が真実だというのなら、今目の前にいる幸子は。
「その通り。ボクは幽霊です」
世界一カワイイ、ね。幸子はドヤ顔で付け足した。
世界一と言っても、そもそも幽霊の世界はこっちじゃないのでは?と小梅は思ったが指摘するのはやめておいた。
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「小梅さんですか。よろしくお願いします。確認ですけど小梅さんはボクの死体を掘り出すために来たんですよね?」
「う、うん……」
正直に答えてから、しまった、と小梅は気付いた。
今から自分がすることは、言うなれば墓荒らしと同じだ。
エジプトだと呪いをかけられても文句が言えないレベルの悪行である。
目の前の幽霊少女は果たしてどう思うだろうか。
「あ、あの……ごめんなさ」
「わかりますよ、ボクはカワイイですからね」
しかし小梅の予想と反して、幸子は怒るどころか誇らしげだった。
「いい加減、ボクもボクの体を世間の目に披露すべきだと考えていたんです」
「天岩戸のようにボクが隠れていたのでは、やはり皆さん不幸でしょうから。ボクの姿が見えない世の中なんて、年中冬みたいなものですし」
「そういうわけで小梅さん。ボクの方からお願いします。どうかボクの体を掘り出してください」
「う、うん……わかった、よ……」
小梅はまだ幸子の喋るスピードになれないが、とりあえず死体を掘り出す許可は貰えたらしい。
幽霊は日頃どんな行いをしてるんだろう、と小梅は思ったが、また長い自分語りが始まりそうなのでやめておいた。
代わりにふと疑問に思ったことを聞く。
「あれ……?幸子ちゃん、自分で掘ろうとは思わなかったの……?」
今、現に目の前にいるのなら穴ぐらい掘れそうだが。
指摘すると、幸子はばつが悪そうな顔になる。
「思いました。でも幽霊だから物が持てないんです」
「じゃあ、人にお願いするとか……」
「自縛霊って言うんですかね?この学校から離れられないんですよ。そうでなければ体を掘り出すまでもなく、この状態のまま都会に行ってボクの可愛さを見せつけてるというのに……!」
「なら……通りかかった人に……」
「こんな場所に通りかかる人いませんって。それこそ、ボクの噂を聞いて集まってきた人ぐらいです」
地元民ではない小梅が噂を聞いたぐらいだ。もっと他にも同じような人が来てもおかしくない。
「そうですね。噂を聞いて集まる人はそれなりにいました。大半はボクの死体よりも死体が埋まっている桜を見るのが目当てで、スコップ持参の人は少なかったですけど」
「で、でも……いたんだね……」
「はい。……いましたけど」
ここにきて幸子はドヤ顔を苦々しく歪めた。
「男の人にボクの死体漁りをお願いするのは、その……」
「ああ……うん……」
自分の可愛さを誇る幸子でも、いや誇るからこそ男性に任せるわけにはいかないのだろう。
「女性でも、この人は危険だと思う人人ばかりで。やっぱりボクの死体を任せるんですから、同年代の女の子がいいじゃないですか」
それ以外の人は幽霊らしく脅かしてやりました、と幸子は胸を張って言う。もうドヤ顔は復活していた。
「……小梅さんが一人目です」
「……ふふっ」
目をそらして言う幸子が可愛くて、小梅は自然と笑ってしまう。
「な、なんですかその反応は!おかげで他の誰でもなく、小梅さんがカワイイボクの死体を掘り出せるんですよ!嬉しくないんですか!」
嬉しいかはともかく、滅茶苦茶なことを言われているにしては嫌な気はしなかった。
ああ、この子なら。
小梅は少し照れながらも、正直に気持ちを伝えることにした。
「さ、幸子ちゃん……。もし私が幸子ちゃんの体を見つけたら……私と友達になってくれる……?」
「え……。ボ、ボクと友達に、ですか……」
「うん……駄目、かな……?」
この子と友達になったらきっと楽しい。
小梅の確信からくる願いを、幸子は少し考える様子を見せた後に。
「ふ、フフーン。もちろんいいですとも!ボクの体を見つけてくれたなら、友達になってあげてもいいですよ!」
やはりドヤ顔で快諾したのだった。
幸子の返事に気を良くしたまま、小梅はスコップを構える。
善は急げ。
廃校に不法侵入して、本人の希望とはいえ死体を掘り当てようとしている現状を善と呼べるかともかく。
早くしないと朝になってしまう。
小梅はさっそく、幸子に尋ねた。
「それで……幸子ちゃんの死体は、どの桜の木の下に埋まってるの……?」
対する幸子の答えは明瞭だった。
「わかりません」
「……え」
いや、まさか、そんなことは。
嫌な予感とともに、恐る恐る、小梅はもう一度聞き直す。
「幸子ちゃん……。幸子ちゃんは、自分の死体がどこにあるのか……」
「知りませんよ」
聞き間違いや勘違いではなかったと確認して、再度小梅は頭を抱える。
「もしかして……やっぱり、私と友達になりたくなくて……」
嘆く小梅に、幸子は必死に否定をする。
「ち、違います!だってボクが桜の木の下に埋められたのは死んだあとなんです!死んだ時の様子ならまだしも、その後のことなんてわかりませんよ!」
「そうなの……?」
「はい!教室で死んだと思ったら、いつのまにか外に立っていて。通りかかる人達はボクが桜の木の下に埋められてるって噂してるしで、ビックリしましたよ」
それなら仕方ない、のかな?と思いつつも、小梅は首を傾げた。
「で、でも、さっき……一番カワイイ桜の木の下に埋まってる、って言ってなかった……?」
確か幸子が開口一番にそのようなことを言っていたはずだ。
正確な場所は知らなくても、何かヒントになるような情報があるのかもしれない。
「カワイイボクの体を養分に育った桜ですよ。他とは比べ物にならないくらい、カワイイ桜になっているに決まってるじゃないですか」
小梅は最後にもう一度、頭を抱えることになるのだった。