地の文メイン。
独自設定あり。
未熟者ゆえ、人称等でミスがあるかもしれません。
どうかご容赦ください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1491998200
*
「……あなたが辞めるとなると、ずいぶん苦しくなりますね」
「そんなお世辞を言われてもね。寄る年波には勝てんさ」
「お世辞ではありませんが……まあ、言っても仕方ありませんしね。ともかく、あと一年。よろしくお願いします」
「ま、ボチボチやらせてもらうよ。今まで通りだ」
「それで結構ですよ。……あ、引き継ぎなんかの準備は、しっかりと!お願いしますね」
「……引き継げるやつ、いるのかね」
「……頼みますよ、ほんとに」
「一癖があまりに強いからなあ、あの子たちは……」
*
幼い頃の私には、夢があった。
ブラウン管越しに見る輝く世界に、いつか私も、なんて。
子供ならではの、無垢でありきたりな願い。
あのときは、きっとなれるって思ってた。
少し経って、たぶんなれるって思うようになった。
もうちょっと経つと、なれるといいな、っていう希望に変わった。
そこからしばらくすると、なれないかもな、って後ろ向きになって。
それからすぐに、無理だよ、って諦めるようになった。
ありきたりだった私の夢。
すぐに散ってしまった私の夢。
それを、今更拾えと言われても。
どうすればいいのかなんて、わからないよ。
*
「……北条さん。ちゃんとやる気、ありますか?」
「えー? あるよ、あるある。ちゃんとやってるつもりだけどなー」
「……本当ですか? どうにも、こう……手応えがないというか。全力を尽くしているような気がしないんですが」
「そうかな? でも、ちゃんと今日のメニューもこなしたよね。上がっていいでしょ?」
返答がくる前に、レッスンルームの端にまとめてあるカバンの元へ向かう。お小言なんて聞きたくない。態度や意欲はともかく、やれと言われたことはやったんだ。
「あ、ちょっと!北条さん!?」
「じゃ、お疲れ様でーす。また次のレッスンでー」
ひらひらと手を振って、逃げるようにトレーナーから離れる。退出したルームのドアを閉める寸前に、
「……もうっ!」
という怒ったような、呆れたような声が聞こえたけれど、別に振り返ったりはしない。
シャワー室で少し滲んだ汗を流し、帰途へ着いた。
レッスン場から一番近い駅の前に、大きな交差点がある。
そこに建つひときわ大きなビルの外壁には、私が所属している芸能プロダクションに関連する広告が頻繁に載せられる。
島村卯月がリリースする新しいCDのジャケット。
本田未央が行なったライブのダイジェスト。
渋谷凛がタイアップした他社商品のイメージ画。
(……すごいすごい。ほんとにすごいと思うよ)
こんな有名人たちがいるプロダクションに、私もまたスカウトされた。
今をときめくアイドルたちを間近で見る機会もある。
身体的な距離はすごく近い。
だけど、私の心は遠く遠く彼女たちから離れてる。
私は、もう夢から醒めていたから。
家に帰ると、まっすぐに自室に向かった。
やたら綺麗な勉強机にカバンを放り投げ、ベッドに倒れこむ。軽く流したつもりでも、アイドルのダンスレッスンは中々に疲れる。目を閉じて力を抜けば眠ってしまいそうだった。
重くなるまぶたをなんとか持ち上げ、ポケットからスマートフォンを取り出して画面を点灯させた。
メッセージが溜まっている。
学校の友達からのものが多い。
グループトークが大半か。
私が返事をする必要がありそうなものにだけ返信をした。
家族からも一件。
大した要件じゃない独り言のような内容だった。
最後に残ったのは、プロダクションからのメッセージだった。事務を担当している千川さんから。
トレーナーさんからレッスンの件でも聞いたかな、とあたりをつけたけれど、その予想はまるで外れていた。
千川さんからのメッセージ内容は、
『あなたの担当をするプロデューサーが決まりました。明日出社し次第、指定する事務所を訪ねてください』
というものだった。
結構大事な要件なんだろうと思ったけれど、私にとっては睡眠欲を妨げられるほどのものじゃなかった。
了解した旨を送信したあとは、そのまま目をつぶって眠りに落ちた。
元ネタの映画とは特に関係なしかな?
すこーしだけ、話になぞらえてるところが出てくる予定です。
ガッツリパロディにはならない、はず……
あ、誰かが命を落としたりはしません。安心です。
翌日、学校から解放された私は言われた通りにプロダクションに向かった。私とて別に、何でもかんでも反抗したいというわけではない。
千川さんからのメッセージに書いてある事務所へと足を向けた。
私がいるプロダクションは大きなビルを保有している。それ全体が一つの大きな事務所ではあるのだが、所属しているアイドルは余りにも多い。
それゆえ、複数人いるプロデューサーに担当アイドルを割り振り、それぞれに小分けにしたビルの一区画を事務所として割り当てているのだ。
(えーっと……十二階か。随分上の方だなあ)
エレベーターに乗り込み、十二の数字をタップする。重力感と浮遊感を感じながら上層へ。
(……いい事務所に迎え入れて、やる気を出さそうって気だったりして。……なんて、もしそうでも効果無いけどね)
指定されたところは、十二階の右奥突き当たりにあるらしい。エレベーター前のフロア見取り図で場所を確認し、その方向へ。
(……ここかな。第七事務……合ってるよね)
ドアに掛かっているプレートで確認してから、軽く二度ノックした。
しかし、しばらく待っても返事がない。
再度叩いてみても反応が返ってこないので、おそるおそるノブに手をかけてゆっくりと開けてみた。
「……ヘーイ!!!」
開けた瞬間に爆音のバックミュージックと共に大きな声が耳に届き、とっさに手を放した。
元どおり閉まったドアを見つめる。
(……え、急に何。どういうこと?)
カーニバルでかけられるような音楽が流れていた。
確か、この建物は各室完全防音だったかな。
ドアを開けたから中の音が漏れてきたのだろうか。あんな大きな音が鳴っていれば、当然ノックなど到底聞こえない。それで返事がなかったのか。
納得はできたが、理解は追いつかない。
(……どんな経緯があったら、事務所であんな音楽が流れるわけ?)
一つ深呼吸をし、気持ちを整えてからもう一度ドアを開けてみる。
気のせいでもなんでもなく、やはり中ではアップテンポな激しい音楽が流れていた。
やかましさに少し顔をしかめながら部屋の中に入ると、こちらに背を向けた一人のグラマラスな女性が、黒い長髪を振り乱しながら情熱的に踊っていた。
(……どういう状況よ、これ。他に人は……)
室内に視線を走らせると、少し離れた位置にあるウッドテーブルに肘をついて黄昏ている女性を見つけた。
「……あの、これ何やって……って、うわっ」
近寄った身体が思わず仰け反る。
その女性から、強いアルコールの匂いがした。
よくよく見れば、女性の手にはグラス。テーブルにはまだ中身の入ったワインボトルが。椅子に座る女性の足元には空になった瓶が何本か転がっていた。
「……あら。どちらさまかしら?」
私の存在に気づいたようで、アルコールレディはほんのり赤い顔をこちらに向けた。
「……あの、北条加蓮っていいます。こちらに行けって言われたんですけど」
「……? ごめんなさい、聞こえないわ」
(音楽を止めるよう言ってよ……!)
依然、黒髪ダンサーは脇目も振らずに踊り続けている。大した体力だ。
「北条加蓮です!!ここに行けって言われたんで来たんですけど!!」
「北条さん……? ごめんなさい、聞いていないわね。プロデューサーさんが来るまで、少し待っていてもらえる?」
「……わかりました。……あの、これ何やってるんですか?」
「……酒盛りよ?見ての通り」
「いや、あなたじゃなくて。……あっちの人は?」
「……踊っているわね」
「いいんですか? 放っておいて」
「いいわよ、あのままで。……あ、何か飲む? 赤と白ならどっちが好みかしら」
「未成年ですけど」
「あら……それは残念。……のあ、それは?コーヒー?」
急に何を言い出すのか、と思ったが、アルコールレディは私の背後に目をやっていた。
なんだろうと振り返ると、私の目と鼻の先ほどの距離に、怖いほど均整がとれた顔立ちの銀髪の女性が立っていた。
驚きで身体がビクリと震えた。
(……いつの間にいたのよ。全然気づかなかった……)
「…………どうぞ。コーヒーよ」
そう言って、銀髪女性は手に持っていたソーサーとマグカップを私に手渡した。
「えっ、と……あの、ありがとうございます」
お礼に対して小さく頷くと、銀髪女性は部屋の奥の方へすっと消えていった。
その後ろ姿を見つめていると、隣からお酒の匂いが混じった小さな笑い声。
「……ごめんなさい、不思議な子でしょ?悪い子じゃ、ないんだけど」
と言うアルコールレディ。
(……あなたも大概不思議ですけど、とは言えないよね。……てゆーか、なんなのこの状況……)
内心で嘆きながら、もらったコーヒーに口をつける。
ブラックでは、私には少し苦い。
ソーサーに乗せてくれていたフレッシュとシュガーを入れてかき混ぜた。
誰か、現状の説明と打開をしてくれないだろうか。
そんな望みは天に届いたようだ。
ドアが開く音が、ご機嫌なサンバに混じって私の耳に届いた。
「おはようござ……って、うるさっ! 何をやってるんですか一体!」
ゆっくり書いていくので、長い目で見守っていただけると嬉しいです。
唐突なヘレンは腹筋に悪い
入ってきたのは、まだ幼さが少し残るメガネをかけた少女だった。私とは同い年ぐらいだろうか。
彼女は、私にとっては酷く混沌として見える室内の状況にも怯まずに声をあげた。
「ヘレンさん! 事務所でダンスをするのはやめてください!うるさいですよ!」
「……清美、そう感じるということはつまり、あなたがまだ世界を感じられていない証拠!」
「何言ってるんですか!?」
「考えるんじゃない……感じるのよ!」
「ちょっと理解できないので。止めます」
清美、と呼ばれた少女は、黒髪ダンサーの足元で爆音を奏でるラジカセのスイッチを切った。
「ヘーイ!!」
「ヘーイじゃありません! これは没収です!!」
「……ふっ、あなたの選択は、それでいいのね?」
「いいに決まってます!……次、志乃さん!」
踊りをやめて不敵に微笑むダンサーに背を向け、少女は今度はこちらに向かって叫んだ。
「事務所でお酒を飲むのはやめてくださいって言ってるじゃないですか!何度目ですかこれ!」
私の隣のアルコールレディが小首を傾げた。
ほんのりと赤い頬が手伝って、何とも色っぽい。
「……数えていないから、わからないわ。何度目だったかしら……」
「具体的な数字が欲しいんじゃありません! ……志乃さんのも没収です!」
「ああっ、そんな……まだ半分も残ってるのに」
「ワインってそんなにぐびぐび飲むものじゃないでしょう!? 半分も飲んだんなら……って、何本飲んだんですかこれ!瓶散らばってるじゃないですか!」
「それは私じゃないわ。のあが空瓶を持ってきて置いていったのよ」
「のあさん!?」
「……何かしら、清美」
銀髪女性が部屋の奥からこちらへ顔を出す。
「これ!のあさんが散らかしたんですか!?」
「……ええ。そうね」
「なんでそんなことするんですか!」
「……これこそが、ふさわしい演出。ただ、そう感じたから……それじゃ、ダ」
「片付けてください!」
「……それじゃ、ダメかしら」
「片付けてください」
「……わかったわ」
しずしずと、のあと呼ばれた銀髪女性はこちらへ寄って瓶を拾い始めた。
清美と呼ばれた少女は、
「まったく、もう……」
と怒りながら、没収したボトルやラジカセを部屋の隅にある鍵付きのロッカーに収納した。開けたときにちらりと見えた中身には、言及しないことにしよう。
何はともあれ、まともそうな人が来てくれたのはありがたい。
「……あの、ちょっといいかな?」
「はい? …………どちら様でしょう。お客様ですか?」
「えっと、千川さんにここに行けって言われて来たんだけど。担当プロデューサーが決まったからって」
「……ああ、ということは、あなたが北条さんですか」
「そうそう。何か聞いてるのかな」
「ええ。新人が入るから、プロデューサーがいない間に来たら迎えてやって欲しい、と。もう少しだけ待っていただけますか、じきにプロデューサーも帰ってくると思うので」
「そっか。……って、ちょっと待って」
「はい?」
「……アタシ、ここに所属するの?」
「……そう聞いてますよ?」
雰囲気からして、嘘はなさそうだ。
自分でも薄々気づいてはいたが、本当にそうだったか。