仕事も休みなので久方ぶりに本を読もうと思ったのだが、あいにく今ある手待ちの本は全部読みきってしまっていた。
名作をもう一度読み直してみてもよいのだが、なんとなく今日は新しい話が読みたい気分なので、街へと出かけてみた。
雲もなく、綺麗に晴れた青空が気持ちよかった。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1494428524
アイドルの活動の裏で、好みの作家が新刊を出していた。
「いい買い物をしたな」
思わず頬が緩む。
街に出てきてよかった。
しかもなかなかのボリュームだ、一週間は楽しめるだろう。
車道を挟んで反対側に見覚えのある姿を見つけた。
鷺沢文香、その人だ。
以前「本」という共通点で番組に呼ばれ、対談したのだが、本の趣味が合い、また同い年ということもあって親しくさせてもらっていた。
そしてその隣には、男性の姿が。
見知らぬ顔ではなかった。
鷺沢文香のプロデューサーの彼であった。
おれが見たこともない笑顔を、彼に向けているのが無性に悔しくて思わず走って、その場を離れてしまった。
この感情の正体なんて考えずともすぐ分かる。だというのに。
「お前の好きな女はお前を好いてはいない」
そんな剥き出しの言葉と感情がおれを殴りつけてくる。
そうなのかもしれないと思った。
そうであってほしくないと願った。
しかし現実はそうではなかった。
鷺沢文香が好きなのは、九十九一希ではなく、彼女のプロデューサー。
ただの事実の確認。
どうして、あの人なのだろうか。
どうして、おれは彼女を好きになってしまったんだろうか。
事務所にはプロデューサーがいた。
「せっかくのお休みなのに仕事熱心だね」と言うのをかわし、事務所のソファに座る。
事務所で買った本を読めば立ち直れる、と思った。思っただけだったが。
文章は読んでいるはずなのに、物語が入ってこない。
ページをめくっても心が少しも震えない。
お盆に湯のみを二つ乗っけて、プロデューサーがおれにそう尋ねてきた。
どうせ最初から読み直すことになるだろうから、栞は挟まずに本を閉じ、おれはプロデューサーの誘いに応じた。
「何かありましたか?」
お茶を一口啜り、プロデューサーはそう聞いてきた。
心配されるほど暗い顔をしていたのか、おれは。
どうしてそれを、と言おうとしたのが顔に出たのだろう。九十九くんみたいな歳の子が悩むのは、だいたい友情か恋愛だからね、とおれが聞く前に答えられた。
観念して、おれは事の顛末を話した。
「まぁアイドルに恋愛はご法度っていう建前は置いといて……」
少し小声で、キョロキョロと近くに社長の姿が無いのを確認して、プロデューサーはそう切り出した。
「……そう言われると、自信がないな。ただ鷺沢さんが見たことない顔で楽しそうだったのが、」
「ショックだったんだ」
「あぁ。……その時に感じたのが嫉妬なら、おれが鷺沢さんに抱いていたのは『恋』だったんじゃないかと思う」
「そっか。……いっそ告白できてたほうが楽だったのかもね」
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