しほ「ふぅ、ようやく小屋が見えてきたわね」
エリカ「はい」
しほ「小屋に付いたら、きちんと体を休めなくてはね。明日は、一気に南まで縦走をするわよ」
エリカ「はいっ」
ざっ、ざっ、ざっ……!
しほ「はっ、はっ、はっ」
エリカ「ふぅ、はぁ、ふぅ」
エリカ(……私の前を歩く師範の、そのおしり……細めのストレッチパンツをはいているから、とてもよく形が分かる……)
エリカ(私なんかよりもずっと引き締まってる。だけどそのくせ形はいいのよね。……アラフォーのおしりだなんて、とても信じられない)
エリカ(まるで師範の高潔な魂が、おしりにまでも宿ってるみたい。力強くて、凛々しくて、研ぎ澄まされていて。いいな。どうやったら、こんな形の良いおしりになれるんだろう。)
エリカ(こんなふうに凛として、すこしの穢れも想像できないようなきれいなおしりに──)
しほ「ふぅ、段差が激しくて、嫌になるわね……ふんっ!」
──ぶびっ!
しほ「──っ!?」
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エリカ(え……師範、今、おならを……!?)
しほ「ああもう……はしたない事をしてしまったわね」
エリカ「い、いえ……」
しほ「ごめんなさいね、貴方がすぐ後ろを歩いているというのに。岩場に踏ん張って変に力が入ってしまったみたい。許して頂戴」
エリカ「気にしないでください。生理現象ですから」
しほ「私としたことが……いやだわ」
エリカ「しょうがないですよ」
エリカ「……。」
エリカ(……そっか、やっぱり師範も、おならをするんだ……)
エリカ(……。)
エリカ(……幻滅をした? ……ううん。違う。なんだろうこの感じ。なんだか、師範を身近に感じられて、嬉しいような……)
……もわん
エリカ「……!」
しほ「ん……」
エリカ(これが、師範のおならのにおい臭い。……私のおならと、同じように、臭い……)
しほ「もう、エリカ、しばらく息を止めていなさい。まったく……恥ずかしいわね……」
エリカ「あはは……」
エリカ「はい?」
しほ「この事、まほやみほにげ口してはいけないわよ。貴方の胸の中だけに、とどめておきなさい」
エリカ「え……?」
しほ「私はこれまで、あの子達の前で、今のようなはしたない音を出したことはないのだから」
エリカ「一度も、ですか?」
しほ「そうよ」
エリカ「ですが、おならぐらい……人間なのですから……」
しほ「……エリカ。」
エリカ「は、はい」
しほ「私はね、人間である以前に西住流の家元。一個の『象徴』なのです」
エリカ「象徴……」
しほ「そう、象徴。──そして、イメージというものは、貴方が思う以上に大切なのですよ。人前で──たとえわが子であろうと、夫であろうと──放屁の音などを他者に聞かせてはなりません。」
エリカ「……なるほど」
しほ「貴方も黒森峰の隊長なのだからね。それくらいの心構えはあってしかるべきよ」
エリカ「わかりました。肝に銘じます」
しほ「よろしい」
エリカ(まぁ……たしかに私も、『師範はおならとかしなさそう』って、思っていたものね……。ついさっきまでは)
エリカ(……だけど、そっか……)
エリカ(……肛門……)
エリカ(この人にも、ちゃんと、肛門があるのね)
エリカ(あんな湿った音をたてて、師範もオナラをするのね)
エリカ(……。)
エリカ(なんだろう、とても、変な感じがする)
しほ「さぁ、くだらない事で時間を無駄にしてしまったわね。行きましょう」
エリカ「あ、は、はいっ」
ざっ、ざっ、ざっ……
エリカ「はいっ」
エリカ「……。」
エリカ(師範は、威厳に満ち溢れていて、怖いくらいにいつも冷徹で、誰よりも厳しくて、黒森峰の戦車道メンバーには神様みたいな人なのに)
エリカ(……それなのに、肛門が……あるんだわ……この人にも……)
エリカ(この人も、あんなは汚らしい音をたてて、オナラをするんだわ。こんなに威厳に満ちた人なのに)
ざっ、ざっ、ざっ……
しほ「ふぅ、はぁ、ふぅ……傾斜がきついわね」
エリカ「ええ」
エリカ(……。)
エリカ(肛門がどのあたりにあるのかって、あんまりよく確認はしたことないけど……あのあたりにあるのかしら?)
エリカ(……。)
ざっ、ざっ、ざっ……
エリカ(おしりのあな、か)
エリカ(私にも、ついているのね。排泄のための、そういう部位が)
エリカ(──そしてまた、この人のおしりにも──)
エリカ(やっぱり、なんだかそれって、すごく……可笑しい。だってこんなに、立派な人なのに。それなのに、この人にも、おしりのあながあるんだわ)
エリカ(……。)
エリカ(……やだ、何を考えてるんだろ、なんだか私、変態みたいじゃない)
エリカ(でも、師範がいけないのよ。アラフォーのくせに、こんなきれいなおしり……)
エリカ「……おしり、か」
しほ「え?」
エリカ「っ……!? 、い、いえ、なんでもありません」
しほ「そう」
エリカ(……いけない、うっかり口にだしてた……)ドキドキ
エリカ「……。」
エリカ(……同じ人間だものね。そりゃ、おしりもあればうんちもするわよ。当たり前よ。……馬鹿ね、私って)
エリカ(……こんなバカな事を考えるのは、あ~あ、やっぱり、悩んじゃってるせいなのかしらね……。)
エリカ「あ……はい、なんでしょう」
しほ「小屋についたら、もちろんゆっくりと体を休めることは必要だけど──」
エリカ「はい」
しほ「今晩は、ゆっくりと貴方の話を聞くつもりです」
エリカ「……師範……」
しほ「……。」
しほ「黒森峰の隊長として──あなたは見事にチームを率いてみせた。大会では正々堂々と大洗を打ち破り去年の雪辱を晴らした。そうして黒森峰はあなたのもとで再び王者と返り咲いた──」
エリカ「ッス」
しほ「その恩賞としての、私と2人での登山旅行──どうしてあなたがそんなものを望むのか──それは分からないけれど」
エリカ「……。」
しほ「ともあれ、今晩は、いくらでも話を聞くつもりです。……山小屋の消灯は夜8時よ。その後、たっぷりと、時間はあるでしょう。」
エリカ「はいっ……ありがとうございます、師範……!」
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